登山の日記。野鳥や星空もやります。
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奈良旅(12)興福寺・開化天皇陵
奈良旅行最後は興福寺です。
新しい国宝館には阿修羅像を始め、まさに国宝がずらり。
こんな贅沢な体験はなかなか東京ではできません。



現在金堂を再建中でした。
完成したらまた来ます。それに国宝館は何度来ても良いと感じさせる場所ですね。



興福寺を後に、奈良駅への帰り道、開化天皇陵へ立ち寄り。



意外な場所に意外なものがあるという感じ。



奈良よ楽しい時間をありがとう。



そしてまた来ます。奈良最高。
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奈良旅(11)東大寺
修学旅行以来です。東大寺。
じゅうぶん大人になった今見たら大きいと思うのだろうか。楽しみでした。

まずは二月堂。そうそう、ここで修学旅行の記念写真を撮ったのだ。



二月堂から奈良の街並み。



いよいよ東大寺へ到着。大仏のご対面迫る。



現れました。東大寺大仏殿。立拝です。



そしてご対面。大仏様。やっぱり大きい。大人が見ても大きい。
こんな大きなものを1300年前に作ろうとした昔の人々、凄いです。



多聞天像。これ凄くかっこいいです。とても力強い作品。



南大門、金剛力士像。



やっぱりここにも。


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奈良旅(8)垂仁天皇陵、そして再び平城京
唐招提寺を後にすると次は垂仁天皇陵へ。
こちらは時間的にぎりぎり見られそうなので立ち寄りました。



でっかいですね。崇神、景行天皇陵とは位置的に離れてるのが興味深いところ。
いずれにしても強大な権力の持ち主だったのでしょうね。



再び平城宮跡に戻ってきました。
朝の土砂降りからは想像できないような晴れの平城京。



これまた印象も違ってきます。
グリーンとブルー、そして大極殿の赤。



しかし広大な敷地です。徒歩で回るのは大変です。
朱雀門にも日が差してきました。


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奈良旅(7)薬師寺・唐招提寺
平城京でレンタルサイクルを借りて次は薬師寺・唐招提寺を目指します。
まずは薬師寺から。



バランスの取れ大きな大講堂。
薬師寺の建物は、平城京の復元された大極殿との共通点をたくさん見つけることができますね。



西塔は1981年の復興。あざやかで、見とれてしまいます。
この時は国宝の東塔も見ることができました。



この角度の構図も素晴らしい。
金堂では薬師三尊像に癒されました。見事な表情です。



のどかな風景。蓮の花のピンクが美しいです。



お次はお隣りの唐招提寺へ。有名な金堂と遂にご対面。
何度もテレビで目にしました。
一番見たかったのは解体作業で興味を持った国宝の千手観音立像ですが、
やさしい顔をした薬師如来立像や盧舎那仏坐像、そして四天王立像にも感銘を受けました。



鑑真和上のお墓の近くのあざやかに輝くグリーンの苔。



もう一回唐招提寺金堂へ。



離れるのが惜しくなりますがお別れ。


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奈良旅(6)平城宮跡
2日目は平城宮跡へ行きました。
朝からあいにくの雨。バスで移動中更にどしゃ降りとなります。
ついてません。少しだけ小ぶりになった頃やっと朱雀門へ移動開始。



何とか傘を差して移動できるようになりました。
お目当ての中心の建物へ移動します。



近づくにつれて存在感が増します。



緑とマッチする赤の大極殿の建物。



大極殿の中にも入れます。
壁に書かれた絵画がすばらしい。



気に入った十二支をさがすのもいいですね。



少し離れたところから大極殿。



資料館には発掘現場がそのまま展示されています。



セントくんにも会えました。



素敵なラテ。


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奈良旅(4)山之辺の道 渋谷向山古墳 箸墓古墳
次は渋谷向山古墳(景行陵)へ移動。ヤマトタケルの父王になります。
山邊道上陵(やまのべのみちのえのみささぎ)。
こちらもきれいに管理されている印象です。



大きいです!全長300mの巨大前方後円墳。
崇神天皇陵よりもこの後見る箸墓古墳よりも大きい全国7番目の規模。



さてお次はいよいよハイライト。箸墓古墳です。

線路を渡ると見てきました。こちらも結構な存在感です。
古来、地元でも目立つ存在だったことでしょう。



「昼間は人が、夜には神が、二上山の石を運び作った」という伝説があります。
倭迹迹日百襲姫命の墓との伝承があり、巨大前方後円墳の始まりでもあり、
卑弥呼かどうかは別としても、重要な人物の古墳であることは間違いないでしょう。

周濠に映る箸墓古墳はとても幻想的な風景。



全長278m、高さ30mとやっぱり大きい。
横から見たところ。近寄ると誰でも侵入できそう(笑)。



他の宮内庁管理の古墳同様、きれいに整備されています。
大市墓というのが正式な名前。



推定される築造年代は最近3世紀半ばまで繰り上がりました。
卑弥呼の亡くなった時期と近いため議論にもなりました。

議論してないで、その辺を掘ったら大発見がありそうなのにね(冗談です)。



箸墓古墳から三輪山を眺めます。
三輪山、大神神社、纒向遺跡は密接な関係であることをうかがわせます。



箸墓古墳の裏手には、国津神社が。



こちらは纒向古墳群の代表的な古墳、ホケノ山古墳。
2000年に庄内式土器が発見されたことで、築造年代は3世紀半ばとも言われます。
邪馬台国時代とほぼ重なる時期ということで注目の古墳。

形は、箸墓古墳が採用する前方後円墳の前の纒向型前方後円墳です。



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奈良旅(3)山之辺の道 黒塚古墳
崇神天皇陵のお次は黒塚古墳に寄り道をします。

全長は約130m、後円部の高さは約11mの前方後円墳。
築造年代は、3世紀後半から4世紀前半というのが有力な説です。
卑弥呼が死んだとされる時期から崇神天皇の時代あたり。



34枚の鏡(三角縁神獣鏡33面、画文帯神獣鏡1面)が出土したことで、
邪馬台国論争に影響を与えました。

付近には崇神天皇陵、景行天皇陵、箸墓古墳もあります。それら大王級との
関わりが注目されるところです。このあたりの古墳群に初期ヤマト王権の
手がかりがあるのだと強く感じました。



墳丘は割と高く感じます。石室があった場所には、中の様子が描かれた石造物があります。
遠くに眼を向けると箸墓古墳と三輪山が見えるのが、わくわくさせてくれます。



右手奥には三山らしき山も見えます。
しかし梅雨空です。時折降ったり止んだりを繰り返していました。



この古墳の大きさにしては比較的大きな石室だと思いました。



隣に資料館があります。ここには竪穴式石室が復元されています。
かなりよく出来ていますので一見の価値ありです。



見つかった銅鏡のレプリカが展示されています。
三角縁神獣鏡などは、よく見ると神仙思想に基づく神像と霊獣が描かれていて
ある意味とてもユニークで興味深いです。



黒塚古墳で見つかった三角縁神獣鏡は、邪馬台国論争とも絡んで、製作地が国内か中国か
という議論を呼び起こしました。三角縁神獣鏡(同笵鏡)は国内で多数見つかっているのに、
中国からは1枚も見つかっていないので国産であろうというのが有力ですが、反論も多数。

さてどちらか。個人的には画文帯神獣鏡の方が発見のされ方からしても重要そうに見えますが。



次は景行天皇陵へ移動。途中に伊射奈岐神社がありました。
これは天神山古墳に隣接しています。
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奈良旅(2)山之辺の道 大和古墳群と崇神天皇陵
山之辺の道の旅その2。
石上神宮を出るとすぐに万葉集の歌碑がいくつか見られます。
これが古代ロマンを感じさせて気分も盛り上がります。

「あしひきの 山鳥の尾の しだり尾の
      ながながし夜を ひとりかも寝む」 柿元人麻呂



しばらくすると、古墳がようやく現れました。
が、家庭菜園のような畑のような・・・?波多子塚古墳です。
ここでは古墳が日常の風景になっているようです。



西山塚古墳は全長114mの前方後円墳。
築造年代は6世紀前半頃と見られていて、大和古墳群の中でも比較的新しい部類になります。



西山塚古墳を横から見たところ。
段々状になっているのが分かります。



途中に大和神社御旅所というのがありました。
大和神社の境外末社です。ちなみに後ろに見えるのも古墳です。



この辺で西殿塚古墳(衾田陵)を素通りするという痛恨のミスを犯しました。
まあ先は長いので仕方ないです。
いくつかの古墳を過ぎると遂に行燈山古墳(崇神天皇陵)が見えてきます。



宮内庁によってあまりにもきれいに整備されているので、
古代史ロマンはややかき消されているかもしれません。



行燈山古墳を横から見たところ。全長242mなので、とにかく大きいです。
この巨大古墳は、記紀に見られる山辺道勾岡上陵。



ハツクニシラススメラミコト(最初の支配者)はここに眠るのでしょうか。
築造年代は4世紀前半というのが有力らしいです。卑弥呼の時代からは少し離れます。
纒向遺跡との関連も気になるところです。
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